フィリピンパブ マニラ

2014年01月24日

だから日本で遊ぶほうが安全なんです。

私の友人の話ですが昨日泣きの電話がありました。

明るく『おもてなし』の心あふれるフィリピン女性に入れあげて

なけなしのお金をかき集めてフィリピンに渡ってみたが

夢のような生活があるわけがなく、結局マニラで路上生活

一昔前は、借金までして日本に渡り、両親/兄弟/一族

の生活を支える彼女たちの一切を、一般の日本人一人が

持っている蓄えくらいで(いくら生活水準が違うと言っても)支えられるわけがない。

現地で仕事がない できない、また、言葉もできないで夫婦生活ができるわけがないのに

ホステスの元へ飛んで行くおバカさん、と言ってしまえば、それまでのこと。

だが、多くの日本人が同じ行動を取っているのを見れば、フィリピーナの魅力には勝てないのかも

だから、日本(クラブマニラ)で遊んだほうが安全なんです。

短期間で最短にフィリピーナとコミュニケーションをとりたいもの







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2013年11月29日

フィリピン台風緊急募金のお願い。

まだまだ大変な状態です。
ご支援よろしくお願いいたします

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この度のフィリピン台風緊急募金のお願いに対し、日本ユニセフ協会を通して短期間に多くのご支援、ご協力をいただいた皆さまに、心より御礼申し上げます。
http://www.unicef.or.jp/kinkyu/typhoonhaiyan/?utm_source=googlea&utm_medium=cpc&utm_campaign=philippines


http://www.manila-osaka.com/



posted by フィリピンパブの専務ブログ at 09:01| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年10月12日

忘れ去られた『ルビーモレノ』

まだ私が鼻を垂らして暴走族をしていた頃(嘘嘘)ガハハハ・・・
彼女はジャパゆきとして日本に出稼ぎにやってきてました
彼女がジャパゆきを引退し芸能界で活躍始めた頃
私はフィリピン人芸能人を地方のフィリピンパブに招聘するプロモーターとして活躍しておりました
その当時はこんな楽しいい生活が一生続くのだろうと思っていましたが
でもそうはいきません業界の現状は、皆お山の大将の集まり
当局と業界の温度差はかけ離れており、人身売買の温床とまで言われるしまつ
もう死語になった『ジャパユキさん』ほとんどの方はご存知ないでしょうが
その名を世に知らしめたのが当時は可愛かった『ルビーモレノ』
大変な人生を送ったことと思います、ご存知ない方に少しご紹介いたします。

フィリピンパブのホステスだった過去を書き立てたため、記者会見を開き「ジャパゆきさん」だった事実と、脳性麻痺による重い障害を持つ子の母である事を告白した(当初は「観光関連の仕事で来日した際にスカウトされた」「結婚歴なし」と経歴を詐称していた)。その後、仕事を突然キャンセルする「ドタキャン女優」「借金女優」「枕営業女優」との評判や噂に加え、日本映画界の不況により満足な仕事が得られることが難しくなっていった。ヘアヌード写真集も出版するが一時的な話題にしかならず発行数も予想を大きく下回る結果。モレノのわがままな言動はそのような背景からなるいら立ちや不安から増長していったため、さらに悪循環を引き起こしていった。しかし、身についてしまったぜいたくや見栄を改めることはできず、クラブの雇われママなどを兼業をして収入を得ていた。1995年秋に、数々の素行やトラブルを理由に稲川素子事務所を解雇される。その後、フィリピンに帰国して女優デビューするが現地の芸能界では無名であることに加え、レベルの格差を埋めることができず失敗。1998年、同事務所と再契約し日本の芸能界に復帰した。2000年、日本人商社マンと4度目の結婚をする。

その後失踪騒動で芸能界から自然消滅していたが2010年1月19日に約8年振りに日本テレビ『魔女たちの22時』にテレビ出演。障害を持つ娘が発作を起こすたびに付き添わなければならない(付き添いたい)ために「ドタキャン」していたこと。また、これ以上「ドタキャン」を続けると事務所に迷惑がかかると考えたが、どのように伝えたらよいか分からなく失踪しまったこと。介護費用のために目立たない職業に就いていたことなどを告白。近年、娘と両親の相次ぐ死や、妹の尽力で稲川素子事務所に復帰した旨を語った。

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posted by フィリピンパブの専務ブログ at 11:03| Comment(0) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月28日

死語になりつつある「ジャパゆきさん」という言葉。

ジャパゆきさんとは、1970年代後半から急激に増えた、日本に出稼ぎに来る東南アジア人女性のことを指して呼んだ語である。この言葉は1983年に流行語になった。

戦前には、九州島嶼部などの経済力に乏しい地方の女性が、経済的に繁栄する東南アジアの港湾都市などに多数出稼ぎ渡航し、娼館で娼婦として働くなどして郷里に送金するという状況があり、「からゆきさん」と呼ばれた。こうした状況は戦後になって人々の記憶から遠のいていたが、山崎朋子のノンフィクション文学『サンダカン八番娼館- 底辺女性史序章』や、その映画化作品である1974年公開の映画『サンダカン八番娼館 望郷』(東宝、原作山崎朋子)の中で、まずしい田舎の女性がボルネオの娼館で働く「からゆきさん」が描写され再びよく知られるようになった。この日本から外国へという「からゆきさん」との対比で、外国から日本への出稼ぎ女性を、山谷哲夫が名づけたもので、「ジャパゆきさん」という言葉が生まれた。

日本で働く外国人女性の数が非常に増え、すでにめずらしい存在でなくなったこともあって、「ジャパゆきさん」という言葉も死語になりつつある。雇用する側、される側において人権問題への認識が高まり、法体制の変化もあって前述の様な被害に遭うケースは減少してきている。しかし、不法滞在や差別、法的不備など、解決すべき問題も残されている。

参考まで、現状はアルバイトのフィリピーナたちに振り回されてお店は大変(^_^;)

次回はもう忘れ去られた『ルビー・モレノ』ご存知ですか?


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posted by フィリピンパブの専務ブログ at 17:43| Comment(1) | 国際問題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月03日

真実の沖縄

運命の人 考えさせられます。

http://video.fc2.com/content/20120911ADa7PHQF/
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